2018年6月23日土曜日

不動産会社を選ばなくちゃ!(前編)

九州移住の前に、
今住んでいる家を売却しなければなりません。
まずは、不動産会社探しです。

家は夫との共同名義なのですが、夫は忙しいこともあり
不動産会社選びは、私に任されました。
大手で安心できそうな不動産会社を2社、適当に選んで、
ネットから査定申し込みをしてみました。
するとどちらからも、時間をおかずに「お礼の電話」がかかってきました。
電話でさっそくいろいろと質問攻めに!
そして、「できるだけ早く一度おうかがいして、物件を見せてもらいたい」とのこと。

やっぱりそうなのですね。
ネットで様子見て どこにするか考えよう……という考えは甘かった。
あと何社か、申し込むつもりだったのですが
この調子で一社一社に対応していたら大変なことになりそう。
とりあえず2社だけでストップです。

A社のほうは、20代後半とみられる男性が、まずは物件を見にいらっしゃいました。
態度も言葉もていねいです。
ただ、何となく漂う暗~い“必死感”。
それはそうですよね~。
営業なんだから、絶対落としてやろうと思ってますよね。
熱意が十分すぎるほど伝わります。

物件引き渡しまでのことを説明してくださり、1時間半ほどの滞在。
数日後に査定結果を持ってきます、ということでお帰りになりました。

次にB社の方からいらしたのは、30代半ばとみられる男性。
同じくていねいな感じで、一生懸命な熱意は伝わるのですが、
こちらはなんというか性格がおっとり、明るい感じ。
そして、A社と違うのは、もうこのときに査定結果を教えてくれたことです。

もちろん物件を実際に見て、老朽化の具合を知ることは大切だけれど
でも築年数とか、周辺物件の売却実績とか、データを見れば
おおよそのことはわかるのだそうです。

査定はあくまでも予想であって、実際には買ってくれる人との出会い次第です。
高く見積もってくれるほうがいいというわけではないということも、わかりました。

2社ともに、 支払う手数料などは同じですが、サービス内容は、少し異なります。
 心惹かれたのは、A社が提案してくれた、「ダスキ●のお掃除サービス」。
販売して内見が始まる前に、プロのお掃除業者の方が、
無料で水回りの掃除をしてくださるというのです。

でも私は今回、一番に 営業の方との相性を重視したいと思いました。
 なぜなら、引き渡しまでに数か月間、お付き合いすることになります。
メールのやり取りもたくさんあるでしょうし
実際に会う機会も何度もあるでしょう。
そして何より、うちのすべての事情(離婚を含め)を理解してもらったうえで
様々な相談をさせていただくことになります。
デリカシーのない人だと、きっと大きなストレスを抱えることになるでしょう。

一度会っただけで、私はもう、「B社だな」と決めていました。
性格的に気が合いそうというだけでなく、信頼できそうという感じもしました。
A社のお掃除サービスは魅力だけれど、自分で掃除頑張ろうっと。

でも不動産会社選びは、そんなに簡単ではなかったのでした……。(つづく)

2018年5月14日月曜日

福岡でバスに乗るとき、気づいたこと

出張で福岡に行きました。

福岡は、私が移住したいと思っている街。

市内の移動には、たいてい電車を使いますが、急いでいないときはバスを使います。
福岡市内には、バスがたくさん走っていて、とても便利です。

そこで気づいたことがありました。

福岡の人は、バスに乗るとききちんと並ばない。

もちろん、高速バスとか、長時間乗るバスなら別だと思いますが、
ふつうのバスに乗るときは、バラバラと、適当に乗るのです。

そういえば昔、北九州に住んでいた時もそうだったな~と
思いだしました。
東京住まいが長くなった私は、「もう、マナー違反!」とつい
イラついてしまうのですが…。

でも、よく見ると誰の顔も穏やかなのです。
「我先に」と急いでいる感じでもなく、
先を越されても、怒る人はいない。
たぶんケンカも起こらない。

東京にいると、
「整然と」「ルールを守る」ことがすごく大切で
守らない人にはすごく厳しい目が向けられてしまいます。
私自身も、向けた覚えがあります。
ちょっともたついただけで、舌打ちされたりするので
失敗しないように、いつも緊張している気がします。
それは、「人が多いから」というのもあるし
「皆が急いでいるから」というのもあるでしょう。
でももうひとつ大きいのは、「疲れているから」。

疲れていると、やさしくなれない。

正直言うと、私も会社員時代、ぐったり疲れているときは
お年寄りが目の前に立っても
「席を譲りたくない」と思ってしまうことがありました。
そんなに疲れている人になりたくないな、と思います。

福岡でホテルに一泊した翌朝、
大きな駅のコインロッカーに荷物を預けようと思いました。
最近のロッカーは、真ん中に操作パネルがあって、ひとりずつ順番に
料金を払い、ロックする仕組みなんですね。

パリッとしたサラリーマンの男性と
同時にパネルに手を伸ばそうとしたところ、思いがけず
「どうぞお先に」と譲ってくれました。

本当にびっくりしました。
会社員男性に、しかも忙しい朝に、何かを譲られるなんて。
こんな普通のことにびっくりしている自分がおかしいのかもしれません。

いつの間にか、私の中にはだいぶ東京が染み込んでいます。

東京に戻ったら、自分の中のギアをぐっと入れます。
周りに遅れないように、人に迷惑をかけないように。
電車の中の人の顔は、みんな疲れていました。
「疲れ」は伝染するのかもしれません。



2018年4月23日月曜日

松坂慶子になる日

長い間、このブログを休んでいました。
いろいろなことがあって、自分の生活や感じたことを
正直に綴る気持ちにはとてもなれませんでした。
でも、また再開しようと思います。

きっかけは、大学生の息子が家を出たことです。
ここ4年程二人で暮らしてきましたが、
あまりにも性格の違う私と息子は、ぶつかってばかりでした。

ある日口論をしているときに、「それは、アンタの価値観でしょ!」と言われ
そうだ、自分の価値観を押しつけるような母親は
一刻も早く離れた方がいい、と思いました。

それから慌ただしく引っ越し先を探し
数々の面倒な手続きに私を振り回したあとで
ついに、息子は出ていきました。
部屋に、大量のゴミを残して……。

私は全身を埃だらけにしながら
何時間も、無心にゴミ部屋と格闘しました。
ベタベタの床を雑巾がけしながら、ふと思いました。「今の私、誰かに似てる」

それは、蒲田行進曲の松坂慶子……。

そう思いながら掃除をしたら
なんとなく気分もアガリました。

掃除の後は、松坂慶子のように
ザパーッとシャワーを浴びました。

思うのですが、息子を持つ人の多く(多くないか、一部?)は
人生で一度か二度、松坂慶子になる日があるのではないでしょうか。

昔、弟が社会人になりたてでひとり暮らしをしていたときにも、
母と一緒に訪ねて行ったら
ゴミ屋敷になっていたことを思い出しました。

2人で、一日中洗濯機を回しながら
掃除をしまくって、へとへとになったものです。

そんな弟も、今では普通に二児の父親になり ました。
あの荒れた部屋にいたのがウソのようです。

息子は、またこれから新たなゴミ部屋をつくるのかもしれません。
私は手を出さず、遠くから見守るつもりです(と、少なくとも今は思っています……)

とにかく、こうして私は一人になりました。

今年中には、今の家を売って、故郷である九州に移住する予定です。
50代にして、新しい人生のスタートです。

その移住のてんまつを、これからこのブログに書いていこうと思っています。



息子の部屋から救い出した本たち。
これからゆっくり読み返そうかな……とワクワクしています。

2017年1月7日土曜日

50歳からの成長

あけましておめでとうございます。

ブログを書く気持ちになれなくて、
ずいぶんごぶさたしてしまいました。
不規則ですが、またブログを再開しようと思います。 

2016年の大みそかは、
紅白歌合戦を最初から最後まで
ほぼすべて見ました。 

素晴らしい歌唱をたくさん楽しみましたが
心に残ったのは、聖子ちゃんです。 

昔の声が戻ってきた!と思いました。
ここ数年、テレビで聴いても
あまり声が出ていないようで
「あの澄んだシルキー・ヴォイスは、もう難しいんだな……。
50過ぎだし、それはしょうがないのかも」
と思っていたのです。 

でも、紅白では素晴らしかった。
もちろん、若いころのような
一度天井まで行って跳ね返ってくるような声では
なかったかもしれないけれど
歌の世界にちゃんと引き込んでくれました。

 きっと、陰ですごく努力したんだろうな~と
思うのです。
この年からでも、成長ってできるんだな。 

この1年、自分の「衰え」を感じることがとても多くて
いろんなことに、やる気がなくなっていました。
聖子ちゃんの姿に励まされて
私も今年は、成長をしようと思います。 

歌詞も、私の今の心情にぴったりで 心に沁みました。
衣装もシックで、似合っていて素敵だった~。 

でも紅白で一番感動したのは
やっぱり氷川きよしくんです。 

歌がうまい! 曲もいい!
歌っているときによけいな邪心が何もないあの感じ。
本当に、歌が大好きなんだな~と
思いながら、じっと聴き入りました。

年々コンパクトになるおせちです。
つくるのやめようかな~と思ったけれど
やっぱり、ないと寂しいし。

2016年2月20日土曜日

よその子

もう10年以上前ですが、
会社に勤めていたとき、
子どもの保育園のお迎えに間に合わないことが、
よくありました。

そんなときは、
地域の「ファミリーサポーターさん」に
いつも子どもを預かってもらったものです。 

もうリタイアされたご主人と、奥様が
二人で保育園に迎えに来てくれて
自宅でご飯を食べさせ、遊んでくれました。

子どもだけでなく私にとっても、
二人は大きな“安心”をくれる存在でした。 

もし私が働いていなくて、専業主婦だったら
あの方たちに会うこともなかったでしょう。
そうしたら、私はどうなっていたでしょう?
もしかしたら孤独な子育てで、
ノイローゼになっていたかもしれません。 

子どもが大きくなったいま、
今度は私が「ファミリーサポーターさん」になって
ときどき、子どもを預かっています。 

忙しいので、それほど頻繁にはできませんが
子育ての手伝いは、世の中に
ひとりでも多いほうがいいと思っています。 

そんな話をすると、ときどきこういう人がいます。
 「でも、よその子を預かると
嫌な思いをすることって、ない?」

 嫌な思いをすること?
それはもちろんあります。 

風邪をうつされたこともあるし、
テレビの画面に傷をつけられたこともある。
せっかく作ったご飯をひっくり返されたことも。

それは自分の子どもを育てているときと、同じ。 

そういう質問をする人って、きっと
 「自分の子どもは、自分の子どもだけ」と
思っているのでしょう。 

以前、子どもの取り違え事件をテーマにした
映画が公開されたことがありました。
赤ちゃんのときに、子どもが取り違えられたことがわかって、
交換するというストーリーでした。 

私は映画を観ていませんが
その話を聞いて持った感想は、
「誰だっていいじゃない」
でした。

「ひとりずつ、育てればいいじゃない」
と思いました。

親戚として、つながることにすればいい。

乱暴でしょうか?

世界中の子どもが、自分の子どもで
みんなの子どもを、みんなで育てるという
意識の人が増えれば、
子育ては今よりどんなにか楽になるのにと
思わずにはいられません。

先日観た、NHKスペシャルでも
そもそも人間という動物は、
ひとりで子育てするようには
できていないのだと言っていました。
深く、納得できました。

先日、下諏訪に旅行してきました。
今年は7年に1度の「御柱祭」。
これが、「木落とし」に使われる柱です。

長さ17メートル、重さ約10トンの木を、
3日間かけて、20キロ下の場所まで運びます。

柱が落ちるのは、この坂。
傾斜27度といいますが、
実際に見ると、ものすごく急な坂です。

2015年12月19日土曜日

そんな時代

先日、高校の友人たちとの忘年会で
隣に座った男性が
鞄の中に、クリスマス用に可愛くラッピングされた
プレゼントを入れているのを発見。

「奥さんに?」と 聞いてみたら、
「いや、○○ちゃんに」。

愛犬のためのプレゼントだそうです…。

クリスマスだから。 プレゼント!

それはいいとしても
そのラッピング、いる??

言えませんでしたけどね。
心の中で思いました。
ちなみに、中身はお洋服だそうです。

本人は嬉しいのか??
聞けませんでしたけど。

そんなこの頃、
こんな喪中はがきもいただきました。
「愛犬○○が永眠しましたので
年始のご挨拶を控えさせていただきます」

そんな時代になったのね~と しみじみ。

愛犬や愛猫は家族の一員であり
「ペット」という呼び名はもう古いのでしょうね。
うっかりしたことは言えません。

お仕事で一緒になったカメラマンさんに
そんな話をしていたら
「私も、この間失敗しました」とのこと。

犬の写真を撮っているとき
「ちょっとそのえさを…」と言ったら
飼い主の人に、
「ご、は、ん!」 と言い直されてしまったのだそう。

「でも私、ついうっかり何度も“えさ”って言ってしまって
そのたびに“ごーはーん!”って 怒られました」

わかる。私も同じことをしてしまいそう。

でも私も、
もし今ペットを飼ったら
ものすごく溺愛してしまう気がします。
いつでもベタベタと触らせてくれて
甘えてくれる存在がいたら
いいだろうなぁ~。

でも、ペットは子どもと違って
たぶん自分より早く死んでしまう。
それが怖いです。

ペットとは全然関係ないのですが
昨日、TVで観た
小学生の男の子の作った短歌に
心打たれました。(※言葉が微妙に違うかもしれません)

「下級生が ブランコに並んでも ゆずらない
あとで怒られても 今を楽しむ」

国立演芸場にて。
最高に楽しかったです~!






2015年12月1日火曜日

水木しげるさん、大島花子さん、そして死について

今日は真面目な話をしたいと思います。

水木しげるさんの訃報は、ショックでした。
この調布にはもういらっしゃらないのだと
思っただけで、
涙がにじんでくるほどさびしいです。

娘さんに支えられながら、
ゆっくりゆっくり 歩いていらした姿を、
思い出します。

戦争の暗さを、ちゃんと描いた方でした。

「桜のように美しく散る」なんてことは 幻想で、
真実は地獄なんだよ
手足が腐っていくけどなかなか死に切れない
そんなことのほうが多かったんだよと
伝えてくれました。

私は戦争を知らないので
想像するしかありません。
想像してみて、こう思います。

戦争反対という話では
「死ぬことの恐怖」ばかり語られるけれど
本当に恐ろしいのは
「人を殺さなければならない」
ということではないか。

戦争で人を殺した経験について
語る人はあまりいません。 それは当然のことです。

だから、私たちはそのことについて
考えなさすぎる。

人を殺したら、
人間でいられなくなると思います。
たましいが傷ついてしまいます。

戦争だけではなく
死刑を執行する人たちも同じです。

ボタンを押す人、死刑囚の体を押さえつける人、
今までその仕事に関わった人たちのいったい何割が
心を病んでいるでしょうか。

そんなデータは、発表されたことがありません。
でも私たちは確実に、
その役割を誰かに押しつけているのです。

水木さんの訃報を聞いた夜、
NPO法人監獄人権センターの
20周年記念パーティのお手伝いに行ってきました。

ゲストに、歌手の大島花子さんがいらしていて
お父様(坂本九さん)の思い出を
少し語ってくださいました。

亡くなる前の日に
一緒に庭の草むしりをしたこと。
とっても暑い日で、
お母さんがかき氷をつくってくれて
みんなで食べたことを
今でもはっきり覚えていらっしゃるそうです。

なんでもない日々の幸せが
本当は奇跡のようなことなのだと
私たちは気づかないまま、毎日を過ごしています。

花子さんの歌声は、透き通るように美しく
アカペラで歌われた「見上げてごらん夜の星を」は
胸に染みわたりました。

今日は水木さんの死と、花子さんの歌をきっかけに
戦争のこと、 人の命のことを考えました。
誰もが、誰かを殺したりしなくていい世界になりますようにと祈りました。