2017年1月7日土曜日

50歳からの成長

あけましておめでとうございます。

ブログを書く気持ちになれなくて、
ずいぶんごぶさたしてしまいました。
不規則ですが、またブログを再開しようと思います。 

2016年の大みそかは、
紅白歌合戦を最初から最後まで
ほぼすべて見ました。 

素晴らしい歌唱をたくさん楽しみましたが
心に残ったのは、聖子ちゃんです。 

昔の声が戻ってきた!と思いました。
ここ数年、テレビで聴いても
あまり声が出ていないようで
「あの澄んだシルキー・ヴォイスは、もう難しいんだな……。
50過ぎだし、それはしょうがないのかも」
と思っていたのです。 

でも、紅白では素晴らしかった。
もちろん、若いころのような
一度天井まで行って跳ね返ってくるような声では
なかったかもしれないけれど
歌の世界にちゃんと引き込んでくれました。

 きっと、陰ですごく努力したんだろうな~と
思うのです。
この年からでも、成長ってできるんだな。 

この1年、自分の「衰え」を感じることがとても多くて
いろんなことに、やる気がなくなっていました。
聖子ちゃんの姿に励まされて
私も今年は、成長をしようと思います。 

歌詞も、私の今の心情にぴったりで 心に沁みました。
衣装もシックで、似合っていて素敵だった~。 

でも紅白で一番感動したのは
やっぱり氷川きよしくんです。 

歌がうまい! 曲もいい!
歌っているときによけいな邪心が何もないあの感じ。
本当に、歌が大好きなんだな~と
思いながら、じっと聴き入りました。

年々コンパクトになるおせちです。
つくるのやめようかな~と思ったけれど
やっぱり、ないと寂しいし。

2016年2月20日土曜日

よその子

もう10年以上前ですが、
会社に勤めていたとき、
子どもの保育園のお迎えに間に合わないことが、
よくありました。

そんなときは、
地域の「ファミリーサポーターさん」に
いつも子どもを預かってもらったものです。 

もうリタイアされたご主人と、奥様が
二人で保育園に迎えに来てくれて
自宅でご飯を食べさせ、遊んでくれました。

子どもだけでなく私にとっても、
二人は大きな“安心”をくれる存在でした。 

もし私が働いていなくて、専業主婦だったら
あの方たちに会うこともなかったでしょう。
そうしたら、私はどうなっていたでしょう?
もしかしたら孤独な子育てで、
ノイローゼになっていたかもしれません。 

子どもが大きくなったいま、
今度は私が「ファミリーサポーターさん」になって
ときどき、子どもを預かっています。 

忙しいので、それほど頻繁にはできませんが
子育ての手伝いは、世の中に
ひとりでも多いほうがいいと思っています。 

そんな話をすると、ときどきこういう人がいます。
 「でも、よその子を預かると
嫌な思いをすることって、ない?」

 嫌な思いをすること?
それはもちろんあります。 

風邪をうつされたこともあるし、
テレビの画面に傷をつけられたこともある。
せっかく作ったご飯をひっくり返されたことも。

それは自分の子どもを育てているときと、同じ。 

そういう質問をする人って、きっと
 「自分の子どもは、自分の子どもだけ」と
思っているのでしょう。 

以前、子どもの取り違え事件をテーマにした
映画が公開されたことがありました。
赤ちゃんのときに、子どもが取り違えられたことがわかって、
交換するというストーリーでした。 

私は映画を観ていませんが
その話を聞いて持った感想は、
「誰だっていいじゃない」
でした。

「ひとりずつ、育てればいいじゃない」
と思いました。

親戚として、つながることにすればいい。

乱暴でしょうか?

世界中の子どもが、自分の子どもで
みんなの子どもを、みんなで育てるという
意識の人が増えれば、
子育ては今よりどんなにか楽になるのにと
思わずにはいられません。

先日観た、NHKスペシャルでも
そもそも人間という動物は、
ひとりで子育てするようには
できていないのだと言っていました。
深く、納得できました。

先日、下諏訪に旅行してきました。
今年は7年に1度の「御柱祭」。
これが、「木落とし」に使われる柱です。

長さ17メートル、重さ約10トンの木を、
3日間かけて、20キロ下の場所まで運びます。

柱が落ちるのは、この坂。
傾斜27度といいますが、
実際に見ると、ものすごく急な坂です。

2015年12月19日土曜日

そんな時代

先日、高校の友人たちとの忘年会で
隣に座った男性が
鞄の中に、クリスマス用に可愛くラッピングされた
プレゼントを入れているのを発見。

「奥さんに?」と 聞いてみたら、
「いや、○○ちゃんに」。

愛犬のためのプレゼントだそうです…。

クリスマスだから。 プレゼント!

それはいいとしても
そのラッピング、いる??

言えませんでしたけどね。
心の中で思いました。
ちなみに、中身はお洋服だそうです。

本人は嬉しいのか??
聞けませんでしたけど。

そんなこの頃、
こんな喪中はがきもいただきました。
「愛犬○○が永眠しましたので
年始のご挨拶を控えさせていただきます」

そんな時代になったのね~と しみじみ。

愛犬や愛猫は家族の一員であり
「ペット」という呼び名はもう古いのでしょうね。
うっかりしたことは言えません。

お仕事で一緒になったカメラマンさんに
そんな話をしていたら
「私も、この間失敗しました」とのこと。

犬の写真を撮っているとき
「ちょっとそのえさを…」と言ったら
飼い主の人に、
「ご、は、ん!」 と言い直されてしまったのだそう。

「でも私、ついうっかり何度も“えさ”って言ってしまって
そのたびに“ごーはーん!”って 怒られました」

わかる。私も同じことをしてしまいそう。

でも私も、
もし今ペットを飼ったら
ものすごく溺愛してしまう気がします。
いつでもベタベタと触らせてくれて
甘えてくれる存在がいたら
いいだろうなぁ~。

でも、ペットは子どもと違って
たぶん自分より早く死んでしまう。
それが怖いです。

ペットとは全然関係ないのですが
昨日、TVで観た
小学生の男の子の作った短歌に
心打たれました。(※言葉が微妙に違うかもしれません)

「下級生が ブランコに並んでも ゆずらない
あとで怒られても 今を楽しむ」

国立演芸場にて。
最高に楽しかったです~!






2015年12月1日火曜日

水木しげるさん、大島花子さん、そして死について

今日は真面目な話をしたいと思います。

水木しげるさんの訃報は、ショックでした。
この調布にはもういらっしゃらないのだと
思っただけで、
涙がにじんでくるほどさびしいです。

娘さんに支えられながら、
ゆっくりゆっくり 歩いていらした姿を、
思い出します。

戦争の暗さを、ちゃんと描いた方でした。

「桜のように美しく散る」なんてことは 幻想で、
真実は地獄なんだよ
手足が腐っていくけどなかなか死に切れない
そんなことのほうが多かったんだよと
伝えてくれました。

私は戦争を知らないので
想像するしかありません。
想像してみて、こう思います。

戦争反対という話では
「死ぬことの恐怖」ばかり語られるけれど
本当に恐ろしいのは
「人を殺さなければならない」
ということではないか。

戦争で人を殺した経験について
語る人はあまりいません。 それは当然のことです。

だから、私たちはそのことについて
考えなさすぎる。

人を殺したら、
人間でいられなくなると思います。
たましいが傷ついてしまいます。

戦争だけではなく
死刑を執行する人たちも同じです。

ボタンを押す人、死刑囚の体を押さえつける人、
今までその仕事に関わった人たちのいったい何割が
心を病んでいるでしょうか。

そんなデータは、発表されたことがありません。
でも私たちは確実に、
その役割を誰かに押しつけているのです。

水木さんの訃報を聞いた夜、
NPO法人監獄人権センターの
20周年記念パーティのお手伝いに行ってきました。

ゲストに、歌手の大島花子さんがいらしていて
お父様(坂本九さん)の思い出を
少し語ってくださいました。

亡くなる前の日に
一緒に庭の草むしりをしたこと。
とっても暑い日で、
お母さんがかき氷をつくってくれて
みんなで食べたことを
今でもはっきり覚えていらっしゃるそうです。

なんでもない日々の幸せが
本当は奇跡のようなことなのだと
私たちは気づかないまま、毎日を過ごしています。

花子さんの歌声は、透き通るように美しく
アカペラで歌われた「見上げてごらん夜の星を」は
胸に染みわたりました。

今日は水木さんの死と、花子さんの歌をきっかけに
戦争のこと、 人の命のことを考えました。
誰もが、誰かを殺したりしなくていい世界になりますようにと祈りました。


2015年11月11日水曜日

まじめなシャンプー

初めて、台湾に行ってきました。

いろいろ印象深いことはあったのですが
なかでも気になったのは
「台湾シャンプー」です。

「髪の毛をエッフェル塔みたいにしてくれる」
という知識しかなく、
面白半分に行ってみたのですが、
驚きました…。
ふわっふわの仕上がりに!

本当にこれが私の髪じゃろうかと目を疑うような、
ボリュームアップ。
昔の自分に戻ったような、
不思議な気分でした。

街を歩いていても、
薄毛のことを気にしなくてもいい!
いい気分!

もったいないのでその日は髪を洗わずに寝たところ、
翌日もふわっふわ!

あのシャンプーって何なの?

よ~く泡立てるからいいのか。
シャンプー剤に秘密があるのか。

帰国してからも、いろいろ検索してみたのですが
よくわからない。

でも、考えてみたのです。
行ったのは、全然高級ではない、庶民的な美容院。
きっと、「ノンシリコン」なんかではない。
シリコンばっちり入ってる。添加物いろいろ入ってる。

私は、薄毛を気にするようになってからというもの
「地肌に優しい」とか「無添加」「自然派」とか、
そんなものばかり 使ってきたけれど、
一向に薄毛は改善せず、
しかもふんわり感はなく。

もしかしたらそういうシャンプーは、
長期間でみると、ほんの少~しだけ
地肌にいい影響があるのかもしれない。
でも私に必要なのは 10年後の「ほんの少~し」じゃなく、
明日のふわっふわ!なのだ。
私、間違ってた。

それで、シャンプー替えてみました。
結構いい値段で、自然派ではぜんぜんない、強そう~なものに。

台湾シャンプーほどではないけれど
ツヤと張りが出て、いい感じです。

シリコン入りはボリュームが出ないって
いろんな人が書いてたけど、そんなこともない。

関係ないけれど、
スー・グラフトンのハードボイルド小説に
こんなエピソードがありました。
ガンの末期と告げられたおじいさんが
「もう、なんでも好きなものを食べよう」と
マックのハンバーガーを食べまくっているうちに
元気になっていくのです。

まじめすぎるのは逆効果ってことも
たまにあるのかも…。

台湾にて。九扮のお茶屋さんからの風景です。


久しぶりに、ジュンパ・ラヒリさんの小説を堪能しました。
なんて素晴らしいんでしょう…。
自分の記憶を消して、もう一度最初から読みたいです。




2015年9月24日木曜日

勝手にエール

カフェで仕事をしていたところ、
隣の席のカップルの会話が耳に入ってきました。

20代後半くらいの女の子と、 会社員っぽい男性。
テーブルに結婚情報誌を広げているので
どうやら、婚約中のようです。

女の子が、携帯で電話している間に
男性は、席を立ち、トイレに行きました。

戻ってきた男性に、女の子は、
「どこに行ってたの? 黙って行かないで。どんなときでも絶対に行き先を言って」
男性は、「…わかった」

うゎーうざい! 
それからは、 二人の会話にくぎ付けになってしまいました。

(女)「クリスマス、サンタさんにどんなお願いごとする?」(まだ9月ですが…)
(男)「はぁ?」
(女)「お願いごとしないと、プレゼントもらえないよ」
(男)「……今とくに欲しいものないけど」
(女)「じゃあ、サンタさんにお手紙書いてくれる?」
(男)「えっ、手紙?」
(女)「約束だよ! お手紙待ってる♡」
(男)「……」
(女)「年末、海外行こうよ」
(男)「そんな金ないよ。っていうか実家に行くんだろ」
(女)「今しか楽しめないことって、あると思うんだよね。先のことばっかり考えてがまんする人生って、どうなのかな」

その後も、結婚式や披露宴のことなど
女の子の要求はどんどんエスカレートしていき
男性は、苦笑&あきれ顔…という感じなのでした。

決して、その女の子をバカにしたいわけでは
ないのです(少しはあるけど…)。
私にも、こんなふうに 期待に満ちあふれ、
幸せに舞い上がっていた時代があったのかもしれない。

なんと遠くまで来てしまったことか。

これから、あの子はどれだけのことを
あきらめながら、人生を進んでいくのでしょう。

彼はどこにでも、行き先を言わずに出かけるでしょうし、
たぶんサンタさんへのお手紙も書いてくれない。
年末の海外旅行も行けないでしょう。
あの男性の様子を見ていると、
もしかしたら、結婚まで行きつかないかも。

あきらめて、あきらめて、あきらめて……
そこに残っている人生も
きっとそんなに悪くないよ!

心の中で、優しくエールを送りながら
隣の席でひとりコーヒーをすする、
大センパイなのでした。



2015年8月17日月曜日

電車の中で

友人から聞いた話です。 

電車で、座っていたら
松葉づえをついた男性が乗ってきたので
席をゆずりました。 

すると、男性は
「ありがとうございます」とお礼を言って
自分ではなく
小学生(高学年)の娘を、座らせました。

 友人は、ビックリしました。 
そして言いました。

 「私はあなたに席をゆずったのです。
娘さんにゆずったんじゃないんです」

 でも男性は、
「いや、僕は大丈夫です」と言って
知らん顔をしている。
その娘も、立とうとしない。 

周りの人にも、
 「何かもめているな」という感じで
ジロジロ見られて
友人は、腹が立つやら、恥ずかしいやら…。

こんなふうに
優しい気持ちでやったことなのに
裏切られてしまうことって
たまにあるものです。

 吉野弘さんの
「夕焼け」という詩を思い出しました。

いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが坐った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘は坐った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
“二度あることは、と言う通り 
別のとしよりが娘の前に
押し出された。 
可哀想に。 
娘はうつむいて 
そして今度は席を立たなかった。 
次の駅も 
次の駅も 
下唇をギュッと噛んで 
身体をこわばらせて---。 
僕は電車を降りた。 
固くなってうつむいて 
娘はどこまで行ったろう。 
やさしい心の持主は 
いつでもどこでも 
われにもあらず受難者となる。 
何故って 
やさしい心の持主は 
他人のつらさを自分のつらさのように 
感じるから。 
やさしい心に責められながら 
娘はどこまでゆけるだろう。 
下唇を噛んで 
つらい気持ちで 
美しい夕焼けも見ないで。
 『夕焼け』より


六本木で仕事の合間に、ちょっとだけ
テレビ朝日であそんでます。